デジタルトランスフォーメーション(DX)を社内で推進していく際に、「目的や目標が決まらない」「人材がいない」「体制が整わない」「技術が分からない」といったように、様々な「カベ」にぶつかることが多いと思います。
その中でも、今回は「社員の意識や意欲が変わらない・前向きになってくれない」といったような「考え方」や「気持ちの持ち方(マインド)」に関する問題について、どのように向き合えばよいのかについて取り上げたいと思います。
DXのための「予算」や「技術」はある程度揃っているのに、社員がDXに対してなかなかやる気になってくれないという企業や、新しいことをやろうとすると必ず社内で反発や反対勢力が起こってしまい、DXが前に進まない、という企業の経営者や担当者の方に向けて、どうすれば社員の考え方や意識を変えてDXを前進させることができるのかの、ヒントになれば幸いです。
✔ DX推進における「考え方」や「マインド」の重要性がわかる
✔ 社員の変化を促す「チェンジマネジメント」について理解できる
✔ 「チェンジマネジメント」と「DX」の関係性が理解できる
✔ 「チェンジマネジメント」のプロセスが理解できる
なぜDXは社内で必ず反対されるのか
企業でDXを推進していく際に必ずといっていいほど問題になるのが、「DXに対して反対する勢力や社員がいて、DXが進まない」という問題です。
こうしたことは、DXに限らず「データ利活用」や「AIの開発・導入」といったことに対しても起こります。
では、なぜこうした「反対」が社内で起こってしまうのでしょうか。いくつか理由を挙げてみたいと思います。
① ヒトは変化を恐れる
② DX(プロジェクト)は先行きが読めない
③「情報の非対称性」がある
① ヒトは変化を恐れる
そもそもの前提として、人間は環境の変化にすぐに対応できるようになっていません。
新しい土地や住居に引っ越したとき、その生活に慣れるまで何か月か要することは多くの人が経験しているかと思います。
会社の社長を務めるようなパワーのある人や、DXなどの先進的な取り組みを推進しようとする人は、変化を恐れずどんどん新たなことを取り入れて前に向かって行こうとします。
ですが、会社にいる大多数の社員は「新しいことはあまり覚えたくない」「難しい仕事はしたくない」「できれば定時で帰りたい」「このままの仕事で十分」といったことを感じています。
プロ野球選手のような、「食うか・食われるか」のような過酷な世界にいるような人たちでさえ、多くの選手は現状に満足してしまっているか、危機感はあるものの行動に移せない、といったことを聞きます。
実際、ガートナージャパン株式会社が行った「日本企業におけるデータ活用の状況についての調査(2022)」によれば、アンケートの回答者の19%は「データ活用に対して自身は非常に積極的である」と回答したのに対し、「自社がデータ活用に積極的かどうか」という質問に対しては「非常に積極的」という回答が8.3%であったという結果になっています。
つまり、アンケートに回答した経営層や、データ利活用の担当者にはある程度の「やる気」があるものの、社内全体で見ればそれほど前向きでない、ということを示しています。
また、データ活用の取り組みに対して「消極的になってしまう理由」として以下の3つが挙げられています。
必要なデータが手に入らない (60.6%)
スキルが不足している (54.5%)
周囲が消極的 (36.4%)
「必要なデータが手に入らない」「スキルが不足している」ということについては調査結果から具体的な内容までは分かりませんが、会社として「やりたいことと」と「できること」の間にかなりのギャップがあることが想像できます。
そして3つ目に挙がっているのば「周囲が消極的」である、ということです。
いくらスキルやツールが整っていても、データ利活用やDXに対して意欲が向かないのであれば、アイデアも湧いて来ませんし、何かしらの成果を得ることに向かって努力しようとする姿勢も出なくなります。
ガートナーのレポートにおいても、そうした点が足枷になって日本企業のデータ活用が進んでいないため、社員の積極性を促すような環境整備などが必要である、と指摘されています。
特に、DXに関連する未知の技術導入や既存のビジネスモデルを刷新するような取り組み、AIの導入による「人間からマシンへの代替」といった内容を聞くと、社員は「難しいことをやらされるのではないか」「自分の給与が下がったり、職を失うのではないか」といったマイナスの感情が働きます。
ただでさえヒトは変化に強くない中で、感情をマイナスにする要因が増えると、自分に都合のよくないことは反対したくなってしまうのです。
② DX(プロジェクト)は先行きが読めない
DXは、これまでの概念を覆す取り組みや、世の中に存在しなかった革新的なサービスを生み出していくことが求められます。
よって、社内の基幹系システムの開発や一般的なITプロジェクトとは異なり、「要件を決めることが難しい」「これまであまり実績のない技術を使う」「社内の複数の部門が関わる必要がある」といった理由から、プロジェクトの見通しや成果が予測しにくい、という側面を持っています。
一般的なITプロジェクト | DXプロジェクト | |
プロジェクト内容 | 要求や要件が概ね決まっている | 要求や要件が事前に決まっていない |
採用技術 | 実績のある技術を採用 | AIや仮想化技術など実績のない技術の導入 |
体制 | IT部門が中心 | 営業/マーケティング/人事/企画/法務/ITなど複数 |
このように、先行きが見えづらく困難な道のりを伴うことが予想される出来事に対して、あえて立ち向かっていく人というのは世の中にそう多くはありません。
特に、データ利活用やDXは「失敗するのが当たり前」というくらいのマインドで、試行錯誤を繰り返しながら取り組みを続けていくことが求められますが、経営層が現場に対して達成困難な目標をいきなり要求したり、「失敗はゆるされない」といったようなプレッシャーをかけたりすると、それだけでDXを実行する現場側はモチベーションが一気に下がってしまいます。
③ 「情報の非対称性」がある
「情報の非対称」というのは、ある二者の間で、それぞれが持っている情報に差があることを指します。
例えば、中古の不動産や自動車を購入する場合、不動産や中古車ディーラーは、その物件や車のスペックや故障歴や事故歴といったことを正確に把握しています。
一方で、それを買う側はその不動産や中古車の正確な情報が分からずに、お店側から提供される情報を元に購入するかどうかを判断します。
それによって、売りたい側が提示する商品の額が、本当に妥当な額なのか買う側としては判断できないため、不当な価格で商品を買わされてしまう、といったことが起こります。
これと同じことが、社内でDXを推進する場合に起こります。
DXを推進したい側(例えば経営者やDX担当者)は、自社が置かれている状況や問題や課題、経営状態、市場の動向、顧客との取引、自社の人材など、多くのことを把握しているはずです。
多くのことを把握しているからこそ、「うちの会社もDXをやらないとダメだ」「でも問題がありすぎてどこから手をつければいいか分からない」「とりあえず現場に何かやらせてみよう」といった思考が巡ります。
一方、経営者などからの指示を受けてDXを実行する側や、DX推進による影響で業務プロセスを変えていかなければいけない側からすると、「なぜそんなことをしなければいけないのか」という疑問が真っ先に浮かぶはずです。
つまり、経営者がなぜ「DXをやれ」と言い出すのか、それをやることによってどんな価値が生まれるのか、といったことを現場側が理解できていないまま手を動かすことを求められるため、DXの推進に関わると「損をするのではないか」という心理が働いてしまうのです。
では、こうした「カベ」を乗り越えてDXを実現していくためには、どうすればよいのでしょうか。
そのヒントが「チェンジマネジメント」と呼ばれる考え方です。
社内の変革を促す「チェンジマネジメント」の重要性
「チェンジマネジメント」とは、変化に対して抵抗するヒトの意識や考え方に対応するためのマネジメント手法です。
プロジェクトを行なってくためには、モノやシステムの変革だけではなく、実際に行うヒトの変革も必要です。
しかし、前述の通りヒトは変化を好まない生き物とされており、多くのプロジェクトの失敗の要因として「従業員の反発」や「意識の欠如」「従来のやり方への固執」などが挙げられています。
チェンジマネジメントは、こうした人の意識の変革などを支援する手法で、適切に行うことでプロジェクトの成功率も飛躍的に上げることも可能です。
欧米では多くの経営者が習得すべきマネジメント手法として定着しており、近年の経営学の「リーダーシップ」領域においても、「周囲のヒトの変化をどう促すか」という研究が盛んになってきているそうです。
チェンジマネジメントとDXの関係
改めてDXとは、
デジタル技術やデータを用いて、変化の激しい社会情勢やビジネスに対応し、社会のニーズを適切に捉え、自社の製品やサービス、ビジネスモデルから企業の風土や組織体制を変革させて、市場における競争上の優位を確立すること
を指します。
つまりDXを行うことは、自社あるいは組織全体に「変革」をもたらす事と同義であると言えます。
そのため従業員からの反発や、長くやり慣れた仕事のやり方を変えたくない層からの反発などが、どの企業でも起こり得ます。
しかしDXを推進しなければ、今後の自社に未来はないと言っても過言ではありません。こうした組織の変革の際に有効な手法が、チェンジマネジメントです。
チェンジマネジメントのプロセスとは?
DXを推進し、大規模な変革をもたらすには「ジョン・コッターの8段階のプロセス」を用いるのが効果的です。
ジョン・コッターの8段階のプロセスは、ハーバード ビジネス スクール名誉教授であるジョン・コッター氏(John Paul Kotter)が提唱したものです。
コッター氏は変革を成功に導くためのリーダーが不足していると主張しており、リーダーは変革を起こす際のプロセスを適切に踏襲することが必要不可欠であると述べています。
「ジョン・コッターの8段階のプロセス」は、以下のように進められます。
- 危機意識を高める
- 変革推進のための連携チームを築く
- ビジョンと戦略を生み出す
- 変革のためのビジョンを周知徹底する
- 従業員の自発を促す
- 短期的な成果を実現する
- 成果を活かして、さらなる変革を推進する
- 新しい方法を企業文化に定着させる
それぞれのプロセスについて解説していきます。
危機意識を高める
経営分析や市場・競合分析を行うことで自社の状況を客観的に把握し、自社にとってなぜDXが必要とされるのかをより実感しやすくなります。そして検討を重ねていくことで、当事者間で「危機意識」を高め、DXへの機運を高めていきます。
変革推進のための連携チームを築く
DXを推進するための「チーム」を築いていきます。変革を推進するチームには、十分なスキルと信頼や権限があると望ましいとされています。
ビジョンと戦略を生み出す
コッター氏はビジョンについて、以下のように定義しています。
将来のあるべき姿を示すもので、なぜ人材がそのような将来を築くことに努力すべきなのかを明確に、あるいは暗示的に説明したもの
DXを成功させるためには、分かりやすく前向きなビジョンと、ビジョンを達成するための戦略が求められます。
変革のためのビジョンを周知徹底する
全社的に取り組むDXでは、推進チームのみがビジョンを共有していても意味がありません。すべての従業員にビジョンを理解してもらえるように、あらゆる方法でビジョンの周知徹底を行います。
また推進チームが模範となって、行動のモデルになることも必要です。
従業員の自発を促す
変革には抵抗が付きものです。そのため、変革の障害となりそうな組織構造やシステムは取り除くことが求められます。
これまでの組織体制に縛られず、自由なアイデアや行動を促す環境作りが従業員の自発へとつながっていきます。
社内での「報告」や「プレゼンテーション」などでも、なるべく語り手の良い所や、良い部分を褒めていきましょう。
「報告やプレゼンをしても批判や否定ばかりされる」という職場ではモチベーションや活発なアイデアが生まれてきません。
短期的な成果を実現する
DXは長期的な視点で目指すものですが、短期的な成果が出ると社員のモチベーションも上がり、より変革への機運が増します。
そのため短期的な結果につながる戦略はもちろんのこと、実際に成果につながった際には、きちんとした報酬を与えるなどが重要です。
成果を活かして、さらなる変革を推進する
短期的な成果は説得力が増す材料になります。
そのため、これまで変革へ着手することが難しかったシステムや制度にも手をつけやすくなります。
例えば、「部門ごとに管理している基幹系システムを統合して全社的なデータ活用基盤を構築する」といったことや、「ローテーション型」の人事を見直して「ジョブ型」を取り入れる、といったようなことです。
短期的な成果を活かして、さらに大きな変革を推進していくことが求められます。
新しい方法を企業文化に定着させる
ビジョンに基づいた変革と成功事例を明確にすることで、成功を認知、共有させ、各部門のリーダーに変革を根付かせます。
また変革のみで終わることはせず、次世代のリーダーや後継者の育成を進めることで、新たな方法を企業文化に定着させることを目指します。
社内におけるデータ利活用やDXの成功例を共有し、ノウハウの蓄積とコミュニティを強化していくことでさらに取り組みを加速させることができます。(あえて「失敗例」を共有して、苦労を分かち合うのも良いと思います)
おわりに ~変革は始めることより継続が大事~
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回は、DXを推進する場合に社内で反発・反対される理由や、組織が一枚岩になれない理由などを解説し、それに対応する「チェンジマネジメント」という考え方をご紹介いたしました。
DXを成功させる企業は、潤沢なリソースを持っているかどうかや最先端の技術を持っているかどうかではなく、「ヒトを大切にできる企業」であると感じます。
何より、ヒトは「楽しいこと」でなければなかなか続かないという生き物でもあります。
少しでもDXが「楽しい!」と思えるように、弊社も全力でサポートさせて頂きたいと思います。